-part7- LIFE事業への参入で、モデルベース開発をより広い世界へ
AZAPAでは現在、モビリティ領域で培ったモデルベース開発の知見をもとに、スマートホーム関連製品などLIFE分野への参入を進めている。健康・福祉・幸福などを意味するウェルビーイング(well-being)が注目され、「生活の質」や「本当の豊かさ」への社会的な期待が高まる中、AZAPAはLIFE分野でどんなイノベーションを起こすのか。開発を手掛ける若手チームの3人を取材した。
綿密な「価値設計」から始まるモデルベース開発
AZAPAのモデルベース開発はまず、価値設計から始まる。今回、大手家電メーカーからの依頼を受けて開発することになったスマート家電は、私たちの暮らしにどんな影響をもたらすのか。製品に求められる価値は、生活の質の向上、健康、はたまた省エネ性能か、今までにないような利便性か――。何度もクライアントと話し合いを重ね、方向性をメンバーで共有していく。この価値をしっかり定義することが何よりも大切だという。ここがブレると、社会のニーズを上手く捉えられないなど、設計者の独りよがりな製品になってしまう可能性があるからだ
価値設計の次は「要求設計」。製品がどんな仕様で、どのように振る舞うのかをさらに細かく詰めていく。プロジェクトのマネジメントを担当した鎌田は、AZAPAならではの開発プロセスを次のように説明する。
鎌田「従来の開発プロセスでは実機を作ってから機能や性能の検証を行うため、要求や要件を満たさなかった場合に、作っては壊しを繰り返さなければなりませんでした。これに対し弊社のモデルベース開発は『TDMプロセス』といって、価値設計からしっかり取り組むのが特徴です。TDMプロセスでは価値設計や要求設計で実現したいことを早期にバーチャルで確認し、必要であれば企画を修正できる。企画段階ですでに機能の検証ができることが大きなメリットです」
TDMプロセスでは価値から要求、そして機能という関係性が明確なので、チーム全員が「この機能はこの性能に効くのだな」と理解しながら開発を進めることができる。重要なのは価値指標(性能)を数式化すること、すなわち価値のモデル化である。
地今回は大手家電メーカーから依頼を受け、スマート冷蔵庫をバーチャルで再現するためのプラントモデルを作成、バーチャルでシステムの検証を行った。担当したモデルベースカンパニーの高田は、次のように振り返る。
高田「冷媒の状態や動きを想像するのは大変でしたが、冷蔵庫の原理を数式や図で説明できるようになったときは嬉しかったですね。たとえば冷蔵庫のどこかに霜がつくと、冷え方が悪くなるのはなぜかというようなことを、作成したモデルをシミュレーションすれば説明することができます。そうすると霜を取り除く方法を考えたり、もっと効率の良い冷蔵庫を作る方法を考えたりすることも可能になります。エンジニアとして1つひとつ問題を解決していく中で、自分も成長できたと感じています」
モデルを動かすソフトとハードを設計する
約2ヶ月かけてプラントモデルを制作した後は、それらを動かすためのソフトウェアとハードウェアを設計する。制御モデル専用のソフトを制作した研究開発部のミーは、「システムの挙動を理解するのが最も大変でした」と振り返る。
ミー「冷媒サイクル・熱交換は、目や耳で反応を直接確認できるようなシステムではないため、原理・原則を勉強しながら動作を想像するのは難しかったです。それでも勉強したことを実装し、さまざまな方が大切にしている価値・要求を達成するための製品を開発できたことは大きな喜びでした」
AZAPAエンジニアリングの吉池は、スマート冷蔵庫のプロトタイプを動かすための制御システム(ハード)の製作を担当した。すでにある冷蔵庫の制御システムを流用する形で製作を進めるのだが、制御基板のソフトを書き換える際、クライアントから開示された少ない情報の中から仕様を読み解くことに最も時間をかけたという。
吉池「限られた情報から図面を読み解きながら、実際の基盤に自分で作ったソフトを書き込んで動かして、うまくいかない場合はまた書き換えて動かして…という作業を繰り返すのは大変でしたね。1つのモータを回すにも相当苦労しましたが、ときにはお客様に確認しながら一歩ずつ進めていきました」
自分で選んだ部品と作成したソフトウェアを実装し、モータやファンが想定通りに動いた際には大きな達成感があった。「ちょっとしたきっかけや違いで動いたりすると、『それでいいのか!』とホッとする気持ちもありました(笑)」と振り返る。
試作のためのソフトウェア、ハードウェアを製作した後は、バーチャル環境でシミュレーションを行う。実機で動かしてもほとんどバグが起きず、要求設計で定義した振る舞いができることを確認できたのは大きな成果だ。
プロジェクトのマネジメントを担当した鎌田は、今回の案件を通して学んだことがあるという。
鎌田「制御でもハードでも、開発モデルを作る際には必ず予期せぬことが起こります。その際に夜遅くまで担当と一緒に、何とかしようと原理モデルの挙動やシステムのテストをした経験は、大変でしたが楽しかったですね。うまく動いた際にはやっぱり嬉しいですし、良い経験でした」
社長からは「できないこと、できることを自分で判断して、できないなら外部を頼ること」を教えられた。
鎌田「当初は自分で何とかしたいという気持ちもありましたが、できること、できないことを見極め、しっかりとした要求が出せれば外注という手段で補える部分もあるのだと。良いアウトプットを目指すための方法論やマインドは、社長から背中を押された部分が多かったと思います」
LIFE事業を通して、家電業界にもモデルベースを広めたい。
さまざまなセンサーを備えたスマート家電は、日々の暮らしの中で健康管理をサポートしてくれる便利なツールだ。開発の一翼をAZAPAが担っていることには、大きな意義がある。
ミー「自動車業界や航空機業界から広まったモデルベースですが、家電をはじめ、制御が必要な分野のものづくりには非常に有効だと思います。家電業界では現在、IoT機能のついたスマート家電が主流になりつつありますが、その開発プロセスを効率化するためにもモデルベースは必ず役に立つはずです」
モビリティ業界と比較して、家電業界ではまだモデルベースがそれほど一般的ではない。普及すれば製品の開発がよりスピードアップし、市場での競争力も向上するだろう。
鎌田「将来的には、定量化の難しい『健康』という価値もモデル化ができれば、バーチャルで健康という価値を最大化するための設計ができるかもしれません。今後はそういった広がりも見据えて、研究開発を進めていきたいですね」
AZAPAではモビリティで培った知見と実績を活かし、LIFE製品業界におけるモデルベース開発の普及に力を尽くしていく。生活の質を高め、より豊かな社会へとつながるLIFE事業。AZAPAの精鋭たちは今日も、未来のイノベーションを目指して挑戦を続けている。
(PROFILE)
鎌田 淳平
AZAPAエンジニアリング株式会社 エンジニアリング事業部
電気電子情報工学専攻、2020年修士課程修了。2024年にAZAPAエンジニアリング株式会社に入社。自動車OEMの委託案件、建機の自動運転開発に従事してきた。
ミー Ungphaiboon Suwisuth
AZAPA株式会社 研究開発部
機械科学専攻、2021年修士課程修了。2022年AZAPAに新卒入社。新規事業の製品化開発に従事。携わった案件は、自動運転など多岐にわたる。
吉池 智史
AZAPAエンジニアリング株式会社 エンジニアリング事業部。
素粒子宇宙物理学専攻、2017年博士課程修了。2018年にAZAPAエンジニアリングに入社。自動車OEMのECU評価業務、パワースクータの制御開発に従事。
高田 寛人
AZAPA株式会社 モデルベースカンパニー
応用物理学専攻、2018年修士課程修了。公務員行政職へ新卒入職後、2022年AZAPAに入社。大学院でのシミュレーションを用いた研究の経験を生かしモデルベース開発に従事