今、自動車業界はかつてないほどの変化にさらされている。自動運転の進化やカーボンニュートラル、SDGsも含めた社会課題への対応など、向き合うべき問題は山積みだ。これらの課題には民間企業だけでなく、学術機関や政府との垣根をこえた連携が求められている。
AZAPAと金沢大学では2018年より、路面状態のリアルタイム把握を可能にする「インテリジェリントタイヤ」の共同研究を行ってきた。高度なセンサ機能をもつタイヤで、安全性の向上やエコなドライブが可能になるという。金沢大学 高度モビリティ研究所の立矢 宏教授と、 AZAPAの南谷邦公が、その可能性とクルマの未来について話し合った。
南谷 邦公
AZAPA 計測カンパニー Vice Technology Officer
profile。
1982年愛媛大学卒
前職マツダ株式会社では、i-stop(アイドリングストップ)やSKYACTIV(超高圧縮比ガソリン直噴エンジン)等エンジン制御を駆使した車両環境性能の改善に従事した。エネルギー効率改善領域でより広範囲に社会貢献することを目指し、2017年にAZAPA株式会社に転職。現在は人とクルマのつながりを紐解く感性の定量化や、実走行状態の車両挙動を台上再現する為の自動運転・動的計測・モデル化などに取り組んでいる。
立矢 宏氏
金沢大学 高度モビリティ研究所 理工研究域フロンティア工学系 教授
profile。
1989年東京工業大学大学院修了
学生時代は主に機構学、歩行ロボットの研究に取り組み、金沢大学赴任後は、これらに加え衝撃工学、材料の動的変形の測定、解析などの研究に従事している。特色の異なる研究室に属して機械の運動と力学を深く学べたことが、医工学、工作機械など、幅広い分野の研究を進めるための礎となった。インテリジェントタイヤの研究も、ロボットに用いるために、材料の変形を利用した触覚センサの開発を行ったことがきっかけであった。工学に携わる以上、研究を少しでも実用化して社会貢献することを目標にしている。
自動運転への応用が大きなテーマ
―まずは立矢先生のご経歴について、教えてください。
立矢:もともとは機械工学、それもロボットのメカニズムなどの研究をしていましたが、15年前にインテリジェントタイヤの研究を始めました。現在は金沢大学に新しくできた「高度モビリティ研究所」というところのメンバーです。「高度モビリティ研究所」は、安全で快適な自動運転だけでなく、その技術を活用した次世代モビリティ社会全般について幅広く研究しようという組織です。なのでインテリジェリントタイヤについても、自動運転への応用は大きなテーマですね。
南谷:先生のご研究は非常に重要なテーマでありながら、これまであまり取り組まれてこなかった技術領域です。自動運転だけでなく、燃費の改善や環境問題においても大変重要な技術だと思います。
―AZAPAとの共同研究は、どのようなきっかけで始まったのですか?
立矢:共同研究を始めた2018年の少し前に、近藤社長が研究室にいらっしゃいました。「社長さん」というのでどのような年配の方かと思ったら、意外にもお若い方でびっくりしたのを覚えています。当初は「二輪のバイクのグリップ力を測りたい」ということで、研究室で作っている装置に興味を持っていただきました。それから色々と援助をいただきつつ、一緒に研究を進めるようになりました。
トップランナーとして、実用化を早期に検討
―センサ機能をもつインテリジェリントタイヤは、これから参入する企業が増えそうですが、先生の研究はどれくらい進んでいるのでしょうか。
立矢:各社がどの程度情報を出してくれているのか未知数な部分はありますが、色々な企業と話したかぎり、基礎的な技術の確立といった面では私の研究室が最も進んでいるのではと思います。多くの企業ではまだ概念段階なのに対し、私の研究室では測定方法の重要な部分は体系化していて、実験技術も確立しており、時速60キロぐらいまでの走行測定もできています。ここから先は、実用化に向けた検討へ入る段階ですね。
南谷:まずは計測器として、OEMやサプライヤーに対して実際の走行状態のデータを保存するといった面での実用化を考えたいですね。それ以外の可能性としては、一般道路で計測されたデータを収集して、道路情報を提供するソフトとして売り出すことも考えられます。サービスとしての可能性は大きいでしょう。
立矢:路面状態をタイヤが測定するシステムは、業界を見渡してもまだそれほど多くありません。これからは、インテリジェリントタイヤを装着して実際に路面を走るとどのようなデータが取れて、車の制御にどのように役立つのかを示していくことになると思います。
事故の大部分を占める「スリップ」を未然に防ぐ
南谷:車は、4つのタイヤ以外では地面と接していません。「車の動きは全てタイヤによって決まる」といっても過言ではないと思っています。しかしタイヤによるセンシングは、環境として最も厳しい状態でのセンシングであり、またなおかつ非常に変化が激しいですね。道路側の変化もあれば、タイヤ側も劣化などによって変わります。さらに駆動力といったパワートレイン側の変化も大きい。それらを全部引き受けているのが、タイヤの接地面ということになりますね。
立矢:そうです。車におけるタイヤは、私たち人間でいう「靴底」に相当するわけですが、われわれは雪道ならゆっくり歩くなど、路面の状況によって歩き方を自由に変えられます。でも車はそれができない。だからこそ、事故の大部分を占めるスリップなどにつながってしまうのです。この課題に対応するために、現状では自動ブレーキやADASなどの安全システムが開発されていますが、そのほとんどは乾燥路から湿潤道ぐらいまでしか想定されていないんですね。インテリジェリントタイヤで路面が検知できれば、「今は滑るのでこれ以上速度を上げない」とか、ブレーキをかける際、いつもよりも制動区間を長くとるなどの制御が可能になります。スリップ事故は確実に減らせるでしょう。レベル4以上の自動運転でも、こうしたインテリジェリントタイヤの技術は役に立ちます。
「クルマを売るだけ」ではなく、包括的な社会との連携を
南谷:多くのOEMさんも感じていると思いますが、今や、クルマという「モノ」を売るだけでは世の中に貢献できない時代です。これからはAZAPAが取り組んでいるようなエネルギー問題など、幅広い課題をトータルで考えていかなければならない。そのエネルギーも単にクルマという移動のエネルギーだけではなく、生活や物流など全てのエネルギー循環をどうしていくか、その中で車がどのような役割を果たせるのかを考えていく必要があります。
立矢:コロナ禍やインターネットの普及により、われわれは無理に移動しなくても生活していけるということに気が付きました。遠方との会議もウェブでできる時代です。ただやはり人が生活していく以上、「移動したい」という欲求は大切だと思うんですね。私は石川県の能登半島の出身ですが、あの辺りは高齢者が多く、高齢化と人口減少によって公共交通機関が廃れていく一方です。そのような地域には、たとえばバス代わりに小さな自動運転モビリティを循環させるなど、省エネでフレキシブルなモビリティが重要になってくるのではないでしょうか。
南谷:AZAPAでは、そうした地方の課題にも積極的に取り組んでいます。秋田県ではEV自動運転車両の実証実験もしていますし、石垣島などの離島でもさまざまなご提案をさせていただいています。今後は、私の地元である呉市にも話をしようと計画しているところです。
立矢:もちろんモビリティだけではなく、エネルギーも含めたシステムも重要になってくると思います。AZAPAさんはシステムの構築に長け、小回りも効きますから、地域に応じたエネルギーとモビリティのシステムを提案していただきたいと思います。SDGsの観点からも、持続のためのシステムを開発してほしいですね。南谷:ありがとうございます。AZAPAの強みは、自分たちだけですべてをやろうとするのではなく、色々な自治体や民間企業の得意分野をうまく繋いでインテグレーションできるところにあります。どうインテグレーションすれば、皆にとって最適な環境が作れるか。そこを考えながら、今後も社会課題の解決に幅広く取り組んでいきたいと思います。