AZAPA×KYB 特別対談:ドライバー感性の魅力を創り込むモデルベーステクノロジーで新たな「適合設計」に挑戦

(左)AZAPA 計測カンパニー Vice Technology Officer 南谷 邦公 
(中央)KYB株式会社 理事 営業本部 営業戦略部 部長 桝本 一憲
(右)AZAPA 代表取締役社長CEO 近藤康弘


クルマの乗り心地を左右する「運動性能」。たとえば“キビキビ走る”、“ドライバーの意思に追従する” などと表現されるこの指標は、人によって感覚が違うため曖昧で、開発には時間もコストもかかる。AZAPAと 自動車用ショックアブソーバーで世界3位のシェアを誇るKYB株式会社は、この分野で研究開発を進めてきた。

具体的には、AZAPAの強みである「計測技術」と「モデルベース技術」を活用し、乗り心地や操舵の計測による数値化に初めて成功。車のハード設計で最後に行われるチューニングを自動化する仕組みを構築し、設計や開発のスケジュールを大幅に短縮できる可能性を切り開いた。その狙いと自動車業界への視座を、KYBの理事である桝本 一憲氏をゲストに招いたスペシャルトークでお届けする。


開発の最後で起きる「コミュニケーションロス」をなくしたい


近藤:AZAPAはモデルベースのテクノロジーを基盤にして、「クルマの価値」を高めようとしています。自動車の価値には表面的で機能的なものだけではなく、人間の社会的な活動に関わる「意味的な価値」もありますが、それらを紐解いて本当に「価値のあるもの」を分かりやすく定量化していきたい。そうすれば開発のコミュニケーションロスも減り、効率化も叶うでしょう。たとえばKYBさんが得意とする自動車の「足回り」=運動性能は、いちばん最後にチューニングされる箇所です。いわば “匠の技術”で、ふわふわした曖昧な言葉を使って調整されている。開発のなかでもコミュニケーションが難しい仕事だと思います。


桝本:KYBは振動制御の技術に強みがあり、自動車のサスペンションに関しては開発段階から関わっています。近藤さんはカーメーカーにいらっしゃったからよく分かると思いますが、足回りのチューニングは「美味しいコーヒー(=運動性能)」を作るのと似ていて、いろいろなテストを行ったあとで最終的にコーヒー豆(=タイヤ)から変えるようなこともある。カーメーカーの要求は定量化こそされているものの、近藤さんの言葉を使えば、ふわふわしていて答えがなかなか明確に出てこない部分もあります。だからこそ難しいんですね。

近藤:開発の最後に起きる「不都合さ」を、言語化しにくい “匠の技”で改善しなくてはならないわけですね。AZAPAはそこを解決するためにも、自動車メーカーにモデルベースと計測の技術を持ち込みたいと考えています。最初の段階からあらゆるアーキテクトで、乗り心地に関わる様々な因子を統合して指標化したい。KYBさんが担当しているアブソーバーや操舵感の部分と、他のメーカーがやっている部分を全部合わせて、最初から運動性能の1つの指標として理解してやっていけば、開発のコミュニケーションロスが減らせると考えています。


南谷:KYBさんと一緒に感性領域の性能開発をさせて頂いて一番苦労したのはその“匠の技”を見える化するところです。私には全く認知できないような振動の違いなので、匠がいつどの感覚器でどのように感じているかを何度も同乗しながら細かく聞き出し、さらに計測データを様々な切り口で加工して聞き出した感性差を最もよく表現している特性を見つけ出すという地道な作業でした。まだ乗心地ではビリビリ感という1指標のみですが、これを見える化(=数値化)できたことで感性と振動伝達メカニズム〜部品特性をモデルでつなぐことができ、単にベンチマーク車に追いつくだけでなくより優れた感性への改善検討がモデルを使ってシミュレーション可能であると実証できました。



桝本:モデルベースは、自動車の開発をスタートする最初のパッケージを決める段階では活用されていますが、その先我々サスペンションなどへの詳細活用はまだこれからと思います。革新的なことになる一歩だと思っています。運動性能は大枠こそ定量化されているものの、今はどんどんそれ以上の細かい話になってきている。特にEVやハイブリッドなど、混合されたさまざまな振動源が増えて、今までない周波数の振動も多くなっています。今の車は全体的に静かになってきていることもあり、振動や音が目立つんですね。誰も解明できていないゾーンの因子が、大きな影響をもつようになっている。そういう意味でも大きな第一歩ですね。


これからは「理想のクルマ」が作りやすくなる


南谷:EVの時代になれば、今までのエンジンやトランスミッションなどはなくなりますから、車の骨格的な部分がある意味自由になります。これからは、本当に理想的な構造を考えられる時代が来るでしょう。今までは開発の最終段階でテストをし、サスペンションで何とかするみたいなことをやっていたのが、最初から「理想」を作れる時代になるのだと思います。


桝本:EVが普及すれば、理想のクルマは作りやすくなるでしょうね。後は因子です。どういった条件の数値を入れたらこうなるかというところが、変化幅や変化点、それからトレンドもある程度は予測しておかなければいけません。

南谷:モデルベースは実機を作らなくてもシミュレーションができるので、そういう予測にも役に立ちます。これまでにKYBさんのテストコースを使って、ドライバーの脳波が走り方によってどう違うのかをセンシングしたり、ユニットで振動を計測したり、操舵のカーブのずれ量などを分析したりして、データの相互作用を感性アーキテクトとしてモデル化してきました。車の振動や揺れが、人によって変わるフィーリングにどう効いているのか。モデル上で「この部品のこういう特性によって、人のフィーリングがこれだけ良くなる」と証明できれば、あとは部品メーカーにその特性をもった製品を作ってもらえばいいわけです。

桝本:期待感はあります。私はよく料理で例えるのですが、レシピ本を見れば70点くらいまでのそこそこの料理は作れるんです。でもプロはそこから、また違った調理をする。そこが付加価値になるんですね。我々のサスペンションだけではなく、ブレーキもそう。付加価値を提供できるモデルができれば、まだまだビジネスチャンスはあると思います。これからはモーターや水素エンジンの時代が訪れようとしていますし、プロ=玄人としての開発を諦めてはいけないと思います。


今こそ「車の価値」の再定義を


近藤:今までは「車を作れば売れる」という世界でした。今は車を作ってもなかなか売れない時代です。エンジンからEVへの転換期でもある。この変化をただスルーするのか、転換期だからこそ深くクルマの価値を考えていくのか。経済状況や需要、社会の変化などを理解して、どんな車の作り方をすればいいのか、クルマにはどんな役割があるかをもう再定義しなければなりません。


近藤:ではAZAPAは何がしたいのかというと、たとえば一部の富裕層だけが、開発費をかけた「乗り心地のいい高級車」に乗れるだけではダメだと考えています。テクノロジーを開発費にあててコストを削減すれば、高級車でも大衆車でも同じチューニングが可能になるでしょう。そうすれば、クルマにまつわる格差は是正されます。ドライバーに合わせて、自動的に足回りや操舵の部分のアシスト量などに手を加え、パーソナライズしてくれる車。これができれば、車の乗り心地にまつわる格差は是正され、クルマというマスプロダクションに大きな幅をもたせることができます。1人ひとりに合った快適な乗り心地を実現し、高齢者や女性、運転に慣れていない人など、全ての人にフィッティングすることだってできる。自動運転も含め、未来のモビリティは人との関わり合いの中にあるべきではないでしょうか。

桝本:そのとおりだと思います。自動運転といっても、そこがまだまだやり切れていないと思います。1番重んじるべきは、安全性と快適さの両立です。乗り心地が良ければ良いほど、ドライバーは乗り心地を気にしなくなる。モーターの時代になってどんどん静かでスムーズに速い車ができていますが、安全性を考えると、そこまで速く走らなくてもドライバーが「安全だ」と感じるレベルで走ってくれる車があればいいわけです。

近藤:パーソナライズされた乗り心地の快適さを体験すれば、消費者も次の車に買い換えたくなるはずです。この期待感が経済を発展させていく。日本はもう、自動車を量産する力では中国に敵いませんが、付加価値を高めて競争優位を立てていくという面ではまだ可能性があります。AZAPAもKYBさんと組むことで、消費者に感動してもらえるようなクルマづくりを目指したいと思います。


KYB株式会社 理事 営業本部 営業戦略部 部長
桝本 一憲
KYB入社後、サスペンション技術部に所属し、全世界で販売するKYBアフターマーケット製品(世界シェアトップ3)やモータースポーツ用サスペンション開発に従事。その後、先行開発向け製品開発に従事。AC事業技術全般を統轄し、現在は営業部門にて新商品創出に取り組んでいる。サプライヤーとのプロト開発、走安性やトラクションなど各部品の寄与具合、エンジンやデフ他、ECU制御の支援も行う。

AZAPA 代表取締役社長&CEO
近藤康弘
エンジン制御理論の研究や量産開発に従事してきた中、2008年のリーマンショックを目の当たりにし、自動車業界でオープンイノベーションの実践が重要になることを直感。自動車全体の機能や性能の最適解導出を支援するシステムデザイン企業のAZAPAを立ち上げた。

AZAPA 計測カンパニー Vice Technology Officer
南谷 邦公 
前職マツダ株式会社では、i-stop(アイドリングストップ)やSKYACTIV(超高圧縮比ガソリン直噴エンジン)等エンジン制御を駆使した車両環境性能の改善に従事した。エネルギー効率改善領域でより広範囲に社会貢献することを目指し、2017年よりAZAPA株式会社で、人とクルマのつながりを紐解く感性の定量化や、実走行状態の車両挙動を台上再現する為の自動運転・動的計測・モデル化などに取り組んでいる。


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