「優しさと幸福。これからの時代はそれしかない」

一般社団法人 KANSEI Projects Committee 代表理事 柳川舞氏


複雑な現代社会にあっても、みずからの手で未来を切り開くキーパーソンたち。本連載では彼らを “MAGICIAN(マジシャン)”と定義し、インタビューを通じて、この世界の未来を占う道標とする。 

第4回は、五感の検証を行い、科学的なベースで香りによるマーケティングを手掛ける一般社団法人 KANSEI Projects Committee (KPC) の柳川舞氏
1500以上の香りを使いこなし、多くのグローバル企業で「香り」を中心とした空間演出をおこなっている。その基礎にあるのは「感性デザイン」という考え方だ。なぜ今、目に見えない「感性」への関心が高まっているのか。その背景を尋ねた。

五感でブランドイメージを演出する


―日本における「香りマーケティング」をリードされてきた柳川さんですが、具体的にはどのようなことをされているのですか。

企業のブランディング戦略として、香りや音など、五感を重視したコンサルティングを行っています。香りの原料は世界に1500以上あり、とても複雑。それを専門的に扱う「調香師」は、世界に数百人しかいません。数百人のなかでも、ファインフレグランスと呼ばれる香水を調合できる人は、もっと少ない。当社ではそうした世界トップレベルの調香師とともに、「なぜこのブランドはこの香りなのか」ということを、客観的な分析と指標を用いてコンサルティングしています。

(日産自動車のグローバルなブランドセントは2011年のCEATECのスマートハウスのコンセプトから検証・導入。その後世界のモーターショーで同じ香りを使われるなど、車産業で香りブランディングを始めに取り入れた事例。)

(第一昭福丸:遠洋漁業マグロ船は、イメージの演出としてだけでなく船員の心地よさも考慮したストレス軽減効果のある緑の香りを導入。2020年Good Design賞を受賞。)

香りを決める工程は、ブランディングの構築そのもの


―あるブランドの香りが、なぜその香りなのか。考えてみると、難しいですよね。

ブランド自体、ひとつの言葉では表現しきれないものですからね。だから私は、目に見えないものを客観的に数値化する「感性デザイン」の研究者になりました。

―科学的に、数値で「この香りはあなたのブランドに合っている」と提案するわけですね。

そうです。あるグローバルな車メーカーでは、ブランドの香りを決定する人が複数いて、それぞれ人種も違って、全員を納得させなければいけない。なので、正解を決めて統一させるというよりは、それぞれの違いを言語化して客観的指標を用いてコーディネートしていくんですね。
最後に香りが決まったときには、皆が自社のブランドに対する共通の認識を持てるようになっています。香りを選択するプロセスは、ブランディング構築の過程そのものでもあるんです。

(東京タワーの展望台の香りは昼と夜で特別な体験ができるように検証。香りを空間に出すだけでなく、同じ香りを色々なギフトにも使い、東京タワーの体験を香りを使って広く伝えるコミュニケーションツールとしている。)

(すみだ水族館ではオープン当初から各ゾーンに香りを導入。館内で開催される様々なイベントにも香りを使った展示や、ワークショップを企画し、魚の展示だけでなく五感体験をプロデュースすることで都会の特別な水族館として認識されている。)

ブランディングでも、感性が重視される時代


―ブランディングにおいて五感を重視するのは、世界的な潮流ですか? 

「KANSEI工学」はグローバルに知られていますが、もともと「感性」という概念は日本的なものです。日本語の「感性」の定義は “Affective”でも“Emotional”でも不十分で、感情と理論に経験がミックスされたもの。だから英語でも、“KANSEI”としかいえないんです

―なぜ、感情を取り入れた「感性」が重視されるようになってきたのでしょうか。

人々の意識が変わったのだと思います。内閣府の調査では、高度成長期が終わったあたりから、「物の豊かさより心の豊かさが大切だ」と答える人が増えている。一定のレベルまで経済が発展して物が行き渡ると、それ以上のモノって必要なくなるんですね。いくらお金があっても、ご飯だって1日3食以上は食べられないので、1食ずつが美味しいとか、楽しいなどの価値を求めるようになっていく。

(内閣府「国民生活に関する世論調査」より作成)

―家もただ広ければということではないし、最近はあえて機能を絞ったスタイリッシュな家電が売れたりしていますね。

モノやサービスを選ぶときって、スペックの高さだけを見るわけではありませんよね。4Kテレビや8Kテレビがあっても、人間の目が追いつかない。ただスペックが高いだけのモノは、もう必要ないんです。 

人が感じる価値って精神的なものが多くを占めていて、心のゆとりやワクワク感みたいなものは、商品スペックだけではカバーできない。その領域を私たちは「感性」と呼び、指標化して企業のブランディングに取り入れています。

感性をベースに考えると、人は優しくなる


―感性デザインをベースにしたコンサルティングで、顧客はどのように変化していくのでしょう。

目に見えて変わりますよ。まず感性をやると、人の「幸せ」を考え始めるようになります。なぜなら、感性デザインは徹底して「ユーザー目線」だからです。ユーザーの体験がどのくらい豊かになったかを評価するので、今までは競合と比較して商品の差別化しか考えていなかった企業も、人に優しくなるんです。 

私たちは、人の「無意識の行動変容」を知るために、ものすごく観察してユーザー目線に立ちます。だから企業側も、「自分はユーザーにどんな価値を提供できるのか?」という観点でものを見るようになって、人に優しいものができあがるようになる

―そんなに変わるのですね。人に優しくなるとは驚きです。

最近は「働き方改革」の関係で、オフィスの空間設計に関わることも増えてきました。その際、何を目的にするかといえば、働く人の「幸福度」です。幸せかどうか。でも日本では、幸せというと宗教的で人に口外したくない話題というニュアンスがあるせいか、なかなか伝わらない。

Business contract. agreement was signed co-investment business


でも、Googleの調査では「心理的安全性」といって、働く人たちの幸福度につながる安心感が上がればパフォーマンスも上がることが分かっています。私たちがコンサルティングしているパートナー企業でも、ある営業部門でメンバーの幸福度を上げるチーム作りを試してみたところ、やはり売上がアップしたんです。

―面白いですね。上司が数字を管理して叱るのではなく、イソップ物語の『北風と太陽』でいう「太陽」のような温かいコミュニケーションのほうが、むしろパフォーマンスが上がる。

そうです。誰もが安心して意見を出せる環境、コミュニケーションしやすい環境をつくるために、香りや音など、感性に関するものを空間に入れていく


もちろん、空間だけ変えても企業文化が変わらないとダメなので、それもサポートします。 「優しさ」や「幸福」という観点から感性を研究していけば、世の中はもっと豊かで幸せになると思いますよ。

優しさと幸福。これからはそれしか重要じゃない


―これからの社会で、「優しさ」や「幸福」というキーワードは重要になるでしょうか。

もちろん。むしろ「それしか重要じゃない」と言ってもいいくらい。やっぱり物があふれると、幸せじゃなくなっていきますから。今、いろんなところで価値の見直しが起きています。たとえば震災で、今までたくさん集めていたモノが壊れてしまい、大事にしようがなくなったとかね。時代によっても、価値は変わっていきますよね。

(柳川さんのネイル。毎月1回、自分が決めたテーマのデザインに変えているそう。このデザインは取材の前日に、インタビューのタイトル「MAGICIAN」をイメージして描いてもらったという。すべての仕事や依頼からインスピレーションを受け、創造性につなげる感性の持ち主)

―価値観が揺れ動く時代に、私たちはどうすればクリエイティブな仕事ができるでしょうか。

まず、いろいろな人の視点からものを見るべき。感性って、相手や第三者の視点など、目線を変えたり、何かと比較してやっと分かるものですから。企業の人たちは複雑化を嫌がって、シンプルにしたがるけれど、ひとつのテーマで議論しても、性別や年代が違うだけでいろんな感性が出てきます。「複雑なものを楽しむ」ってすごく大切。複雑な状態から、新しいものができてきますから。

「感じる力」を信じよう


あとは「直感を信じなさい」ということ。数値化するのもいいけど、そもそも人間には「感じる力」があるから、それを信じてほしい。いろんなものを触って、見て、聞いて、味わうことで、「感じる能力」は上げられます。 

芸術のように人間が作ったアートを鑑賞するのもいいし、山へ行っていろんな花を見たり、実を摘んだりするのもいい。でも、多くの良質な五感刺激が整っている環境は、やっぱり田舎ですね

agricultural community in Japan


―都会のオフィスと自宅をひたすら往復し、行きつけのお店でしかご飯を食べない…なんて生活では、受け取る五感の情報も乏しく感性も磨かれない気がします。

そうそう。人間はもともと、1万種類もの匂いを嗅ぎ分けられるといわれているけど、都会の生活では感じる力が鈍ってしまう。私は感性を豊かにするために、週の約半分を田舎で過ごしています。田舎では、同じ場所でも季節によって風景が変わる。夏にはカエルが鳴いて、稲穂の季節には鈴虫が鳴いて、同じ場所に住んでいても五感で感じる変化がありますよね。


―でも、都会の仕事で味わうワクワク感や、いろんな人と会うことによる刺激も欲しくなりませんか。

人間の感性ってすごくわがままで、自然の癒やしも必要ですが、もうひとつ文化的な感性も欲しくなるんですね。私の研究では、田舎で得られるような癒やしだけではなく、都会で得られる創造性やアートも重視しています。クリエイティブであるということは、幸福をつくるひとつの要素だと思っているから、自然の癒やしと文化的な創造性、2つとも外せないんです。 

将来的には田舎にエコビレッジを作って、感性を磨く教育プログラムを提供したいと思っています。実現すれば、都会で仕事をしつつ、週末は田舎で感性を豊かにする生活ができる。都会と田舎を分断しなくてもいい。そういう試みも、どんどんしていきたいですね。


柳川 舞 
一般社団法人 KANSEI Projects Committee 
代表理事


20代をオーストラリアで過ごし、帰国後はオーストラリア大使館で豪州ビジネスの誘致などに関わる。その後、外資系の空間アロマの日本法人を設立し、2013年に一般社団法人KANSEI Projects Committeeを立ち上げ、代表理事に就任。感性デザインの研究者としても自ら五感の効果を検証する。感性デザインをベースとしたブランディング手法を確立し、多くのグローバル企業の空間デザインを手掛ける。





INSTAGRAM 

本プロジェクト「THE MAGICIANS」は、AZAPA株式会社のカルチャーフィットプロジェクトとして2020年6月にスタートしました。コーディネーターは弊社CCO(Chief Culture Officer)のジェニア(Yevheniia Hrynchuk)、ライターは北条、カメラマンは槇野翔太 で進めています。Instagramでは撮影の裏側も公開していますので、ぜひご覧ください。

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